成長戦略は何故不発か
「グローバリゼーション」+「第4次産業革命(IT革命)」の潮流は一体化して表れ、各国にとっても成長へのビッグチャンスのはずだが、日本はこの波に乗り遅れて、周回遅れとなってしまった。その原因は何か、日本の経済が、財政赤字、金融の異次元緩和等の禁じ手を使っても、底力がないのは何故か。
私の専門は教育であり、会社経営であり、経済政策の専門家ではない。しかも隠居した一介の老人である。しかし、政権の成長戦略に懸念が多い。
本年6月15日に施行された民泊新法(住宅宿泊事業法)をケーススタディとして、気になることを徒然なるままに呟いてみた。専門家の意見を是非聞きたいものだ。
本コラムの構成
第1部
1. シェアリングエコノミー
2. 民泊の現状
3. 民泊法の問題点
4. 民泊新法(6月施行)→民泊撃滅法で悪法である
5. ライドシェア
6. 世界の変化の兆しと日本の躓き:
7. 国家戦略の無い日本
8. 時系列的整理と日本固有の成長阻害ファクター
1. シェアリングエコノミー
シェアリングエコノミーは新しい経済・社会現象である。インターネットの発達により、物、サービスの供給者とその利用者が結びつくことが可能になった。その中でも、不要の物品売買(メルカリ等の様なフリマアプリ)、車(Uber / ウーバーの様なカーシェアリング)や住まい(Airbnb / エアビーエヌビーの様な民泊ポータル)の貸し借りまたはサービスの提供等は一般人の供給者と一般人の消費者の結びつきとなる。インターネットによりお互いの情報が共有され、過去の評判もわかるようになっている。代金も事前にネット払い利用時・購入時に精算されるので安心である。
経済効果について言えば、メルカリで言えば、出品者は不要な物をお金に換えることができ、その金を他の消費に向けることができる。購入者は、安い支出で浮いたお金を他の消費に向けることができる。民泊でも、カーシェアリングでも同様だ。この経済効果は大きく、また、人々の暮らしを豊かにする。
2016年の内閣府の推計によると、国内のシェアエコノミーの規模は、「空間」(民泊・駐車場の貸し借り)を1400億円から1800億円としている。しかしこれは経済効果を余りにも過小評価していると思える。
2. 民泊の現状
民泊最大手のAirbnbの発表によると、Airbnb利用者の日本への経済効果は2015年において5207億であり、2016年は9200億であったという。訪問客も同137万人から370万人に増えている。経済効果の中には宿泊料以外の支出も含まれる。訪日ゲスト1人当たりの消費総額は169,000円で、一日当たり、宿泊費4,900円、それ以外39,800円、計44,700円であった。「通常の訪日外国人旅行者に比べ、Airbnbゲストは旅費全体に占める宿泊費の割合が低いため、ショッピングや食事にもっとお金を回すことができます(Airbnbのリサーチ)」。ここで看過してはならないのは、通常の訪日客と客層が違うことだ。訪日の目的「地元の人の様に暮らしたかった」→90%、「あるエリアを深堀りしたかった」→80%、「家族やパートナー、子ども。友人や親せきと一緒の旅」→77%
つまり、民泊の顧客は:
- 平均より長く泊まる
- 大勢で旅行する(家族)
- ローカル体験を求めるリピーター、旅館・ホテル等ない地域に泊まる
- 必ずしもリッチではないが、日本文化の深堀を求める
- ホストとの交流を望む
- 海外勤務者が夏休み等長期間家族で日本で過ごす
- 宿泊先の近隣で買い物、食事をするケースが多く、地域活性化につながる
等の特徴があり、通常の訪日旅行者とは異なる。
民泊ホストは:
- 業者でなく一般人がホストである、したがって、収入は一般家計の収入増となる
- フリーランスや60歳以上の人が多い。自分の空いている時間に空いているスペースを提供、フリーランスの人は収入の安定を得、老人は老後資金を得る
- 原則として既にある不活用施設を活用するので新規投資やインフラ整備が不要である
- 都市部や観光地だけでなく、旅館やホテルのない地域にもホストが存在する
3. 民泊法の問題点
2018年6月に施行された民泊法は、「健全な民泊の発展を促す」と標榜するものの、実態は一般人の民泊提供者を市場から追い出すための法律であり、旅館・ホテルなどの既存業者を一般人運営の民泊から守るためのものであった。
従って、必要以上の消防法、建築基準法の高い障壁を設け、それでも生き残る一般人ホストに、営業日180日以下という制限を設け、20項目以上の申請書類を要求し、常時管理人が駐在することを原則とする等、あたかも漂白剤で一般人のホストという雑菌を一掃するが如きの措置を取った。その結果、6万件近くあった民泊最大手Airbnbのホスト数は10%近くに激減し、しかも、生き残ったホストには、旅館・ホテル業者が多く見られた。
しかし、これでいいのか。
- 民間ホストはコストゼロであるから、旅館・ホテルが民宿に参入しても宿泊料では太刀打ちできない。旅館・ホテルが参入するためには、設備投資が必要であり、従業員も雇わなくてはならない。人手不足の折、外国人労働者の雇用も必要になるであろう。コストが高いので当然価格は高くなる。
- 民泊利用者と一般観光客は目的が違うことが多いので、旅館・ホテルでカバーできないことが多い。「民泊の利用動機は、現地の様々な文化や生活体験を経験すること(若林 京都大学教授)」。
- 民泊旅行者は旅館・ホテルの無い場所での宿泊体験を望むケースも多く、地方 創成にもつながる。
- 名所に近い施設も多いので、便利なことも多い。
- 急増するインバウンドの宿舎需要に既存の旅館・ホテルでは到底間に合わない。特にオリンピックのときは間に合わず、大きな機会損失が懸念される。
- 本来の民泊提供者が撤退した帰結、インバウンドの成長の大きなネックとなる。訪問者が、本来達成できるレベルより大幅に低くなり、また、顧客には遅れた閉鎖的な国として映るであろう。
- 民泊の厳格な規制を主張する人は「安全」の必要性を誇張するが、世界的に広がる民泊が他国で安全を脅かしたという話は聞いていない。むしろ、ネットにより相手の評価(レビュー/相互レビュー/クチコミ)などが公開されており、事前に支払い手続きが完了しているので安心である。評価制度が、良き利用者、良き提供者であることを保証するのであり、ネットにより利用が相互に直接結び付いているので、即時に連絡がとれ、緊急時にも安全である。実際、米国の調査でも「消費者の評価では、民泊等のP2P型宿泊施設は、ホテルとさほど安全に差がないと」とされている。
4. 民泊新法(6月施行)→民泊撃滅法で悪法である
今年6月に施行された「住宅宿泊事業法」(民宅新法)が何故民泊撃滅法であるのか、少し細部に入って具体例で見てみよう。
民泊使用例
(例1)日本のサブカルチャーに興味を持った上海の女性が20万円の予算で一週間日本に滞在するとする。Airbnbで宿を確保し(一泊3000円)、格安航空で羽田まで来て、空港から上海で手配した白タクの車に乗って民泊の宿まで来る。日本ではライドシェアは禁止だが、中国人には罪の意識がない。中国では常識だからだ。料金はアリペイで支払い済みで、ネットによって双方の信用度を共有しているのでお互いに安心だと言う。Airbnbにて紹介されたた民宿にしても、事前のお互いの過去の評価をネットによりチェックできるので、互いに安心だ。宿泊客、宿は毎回互いに相手を評価し、民泊を検索する際にそれぞれの過去の評価を閲覧し、双方が選択をすることができる。宿泊客が貸主から悪い評価を貰うと次からはこのシステムで受け入れて貰えなくなるので、良き利用者になろうと必死だ。宿の提供者も同様だ。仲介業者(例、Airbnb)はこの様なシステムを提供している。客、宿、仲介業者はネットで結ばれていて、容易に連絡が取れるし、ホストによってはゲストとのコミュニケーションを大切にする。宿が安価なので、好きな消費行動もできるし、長期滞在をし、テーマの深堀もでき、リピーターにもなる。
(例2) 同様に海外駐在の一家5人が家族連れで日本滞在を満喫(子どもの夏休みの間3週間、父親は仕事があるのでその間一週間滞在)したいと思った。また、祖父母が杉並区に住んでいて、そのそばに滞在したいと思った。この様なときに民泊は最適な宿を提供することができる。一家4~5人を3週間ホテルまたは旅館に滞在するには膨大な費用がかかる。一泊5万円ならば、100万円を超える宿泊費(5万円×21泊=105万円)となり、これだけで日本滞在をあきらめる客層が多いだろう。インバウンド需要の拡大は、富裕層の取り込みだけでは不十分である。また、希望の場所に宿泊設備があると限らない。また、長期滞在では自炊して好きな食べ物を自分達作り食したいと思うであろう。民泊ならば杉並区駅そばに2Kの広さのアパートの民泊を一泊8000円で借りれば21泊で16万円強の宿泊費ですむ。料理を自炊すれば食費代も安くなる。
民泊ホストになるのを諦めた例
(例3)母屋の庭先にアパート(8部屋)を持っているとしよう。築も古く空き部屋が増えてきているので2部屋を民泊に転用するとする。そのためには20種類の書類の申請が必要で、とてもこれを一般人がこなせるはずもないが、漸く消防署に相談の段階までたどり着く。そこで宣言されることは、アパート各戸に「自動消防通知システム」設置の義務を通知される。現在は、各部屋に簡易型の消火通知システムはあるが、民泊で使うならば、アパート全体に設置が義務付けされる。予算は8戸あるので約200万円。それだけでは無い、その他色々改善を指示される。建築基準法の問題もある。つまり、年間180日の営業しか許可されていない2室のために、200万円の設備投資はできない。それならば、今まで通りの賃貸として活用するしかないのだ。
(例4)6LDKの一軒家に住んでいる老夫婦が現在使用していない2階の3部屋を民泊に活用したいと思ったとする。若い時には海外勤務の経験もあり語学も堪能だ。しかし、この3部屋を一体と見做して営業180日の制限が課されているということだ。つまり、他の部屋が空いていても、どこかの部屋を貸していたとすると、全体の営業日としてカウントされる。一部屋当たりの営業可能日は180日に及ばない。例えば、一部屋が6ヶ月の長期滞在で埋まった場合は、他の部屋が空いていても、全体として180日とみなされ、それ以上貸せなくなる。
180日の営業制限は何の意味もなく、旅館・ホテルを利するために設けられているトリックとしか思えない。また、原則として常時その家には人がいなくてはならない。そんなのは一般の家庭では不可能である。必要もない。日中ゲストは出かけて家にいないし、ネットでつながっているので携帯とかパソコンで何時でも連絡が取れ、緊急時にも対応できる。
兎に角、一般家庭が民泊を行う場合は注文が次から次へと出てくる仕組みだ。結局、旅館・ホテルが民泊サイトに登録して、本来の民泊の顧客を奪取しようとしている。しかし、コストが嵩むので、利用者は満足しないであろうし、補完関係である場合が多い。
民泊は新しい社会を広げるものだ。また、家主と顧客の交流も生じ、これこそ、インバウンドの顧客の求めているものかもしれない。日本の家庭の日常に触れ、日本文化や日本人に触れる。地方に滞在し、個性的な体験をしたい層もいるだろう。文化的交流が成立する。
民泊はマスコミなどから、「悪の根源」の様に言われるが、それは一部の現象(塵・騒音)を誇張して言われるので、実態を反映していない。困ったゲストは利用後の評価で以降排除されるシステムとなっている。おおよそ文明の利器は、安全面でいうと、問題もあるが、車や飛行機が使用禁止になったことはない。車の自動運転も、安全面では心配な面があるが、この道を歩まなくては、将来の進歩がない。私の知りうる限りでは、塵は日本のルールは厳しいが、ホストの指導と補助で解決できる問題で、騒音のクレームは余り聞いたことがないが、メールや電話による注意で通常解決可能である。
2017年6月18日のAirbnb の発表によると、「Airbnbの活動は、欧州において2020年までに約43兆円(約3400億ユーロ)の経済活動をもたらし、100万人の雇用を創出する」、「地域のクオリティー向上、分裂した社会の橋渡しをする」。英国では「昨年1年間だけで、6億5,700万ポンド(965億円)が国内の一般家庭の副収入となり、英国経済を35億ポンド(約5,140億円)押し上げた」と Airbnbはコメントしている。
日本の経済を大幅に底上げするチャンスを日本の政府は何故潰すのか理解できない状況だろう。本来ならば、多大な経済効果を生み出す民泊の本来のプレーヤーを退場させて、新しいマーケット、経済効果を捨て去り、何を代わりに得るのであろうか。
民泊のホストの施設は文字通り、一般の民の家であり、はじめから、宿泊業者の様な消防施設や建築基準を満たしていない。民間アパートにしてもそうである。これに、「商売やるなら旅館やホテルと同等の基準」を押し付けるならば、すべてが違法だ。闇民泊と称して法律で罰することもできる。旅館やホテル等の様な大規模施設に宿泊の場合はそれらの消防施設や建築基準は必要であろうが、飛び出せばすぐ庭であるような一般家庭に宿泊する場合には必要もあるまい。
第2部
5. ライドシェア
6. 世界の変化の兆しと日本の躓き:
7. 国家戦略の無い日本
8. 時系列的整理と日本固有の成長阻害ファクター
2018年9月1日
安藤 徳彰